黄金のドア
◇ ◇ ◇
舞と祥一郎がドラゴンに追われたり、手のひらサイズになってしまったりしていることは露知らず、水都は謎の美青年アクセル・ヴァンスによって彼の居城へと案内されていた。 捕らえられた芳真は思うところがあるのか、単に疲れたのか、おとなしくしており、先頭に立つ馬に乗せられた水都が馬上から振り返ってみても、様子を窺い知ることはできなかった。兵士たちも彼を縛り上げただけで、それ以上に乱暴なことはしていないようだ。 森を抜け、草原を越え、乗ったこともない馬と、舗装されていない道に彼女の足腰が苦痛を訴えだした頃、小高い丘の上にレンガ造りの城が見えてきた。あまり大きくはない。 塔は丸く太く、窓はアーチ型で、全体的に薄い茶色だがアクセントにアイボリーが使ってあり、可愛い感じの城だ。水都はまだ行ったことはないが、イギリスの民家みたいな感じだな、と彼女は思った。 黒塗りの門の前には、アクセルと同じく銀の鎧に兜を被った番兵が二人、仰々しく槍をクロスさせている。門についている飾りは城の紋章だろうか。 獅子とかなら判るが……この柄は何だろう? 角と翼の生えた……コブラみたいに見えるが。変わってるな。 水都が首をひねっている間に、番兵たちは主人の帰還に門を開き、敬礼している。短い玉砂利の道を通ると、馬の係らしい金髪の若者が近づいてきて、アクセルから手綱を受け取った。 「お帰りなさいませ」 「ああ」 アクセルは新緑のマントを外して若者に渡すと、長いブルネットの髪をひるがえして馬から降りた。水都に手を差し延べる。 「降りろ」 彼が知らない人間を連れて帰るのは別に珍しくないのか、番兵も馬係も後ろの兵士たちも、特に感想はないらしい。一瞬だけ不思議そうな顔で水都を見たものの、何も言わずに仕事に戻った。 今の不思議そうな顔は、私を男か女かどっちなのか、判別に迷ったからだな。それとも、黒い髪が珍しいのか。 水都は素直にアクセルの手に片手を預けると、身軽に馬から降りた。後ろに続く男たちも馬から降りると、後ろ手に縛り上げた芳真を担ぎ、どこかへと引っ立てて行く。 「おまえはこっちだ」 アクセルは水都の片手を取ったまま、城の中へ歩き出そうとする。 「芳真をどこへ?」 「ヨシマというのか、あの男は」 アクセルはちらりと兵士たちの行った方を見やった。 並んで立ってみると、彼は外人にしてはそれほど飛び抜けて背が高くはなく、百七十八センチぐらいだが、その代わりにスラリと足が長かった。 白い細身のパンツに包まれた、キュッと締まった小さな尻、広い肩。左の手首に幅の広い、金の腕輪をはめている。完璧な横顔は、『王子様』と呼ばれるために作られたもののようだ。 「あいつは、おまえの知り合いなのか?」 水都はまっすぐ彼を見返しただけで、何も言わなかった。 アクセルは苦笑し、それ以上は追求せず、水都の手を引いて芳真とは反対の方へ歩きだした。途中で会ったメイドらしい女に何事か言いつけ、中庭へと向かう。 メイドがちらりと自分を振り返るのが視界の隅に入って、水都は少し笑ってしまった。 「おかしいな、おまえは花も恥じらうほど美しいのに、どうして皆、服装だけでおまえを男だと思ったりするんだろう」 広くはないが、きれいな中庭だ。 短く刈り込まれた芝生の中に白木のベンチが置かれていて、中央には花に囲まれた大理石風の噴水がある。 「私はそれを狙ってやってるんだから、間違えてもらって本望だ」 「そうか」 アクセルがおもしろそうに笑った時、どの部屋からか、ティンホイッスルとアコースティックギターのような音が聞こえてきた。太鼓の音も加わり、どことなくアイルランド風の陽気な音楽になる。 「この城のバンドだ。もうすぐこの国で一番の大祭があるから、このところ熱心に練習しているんだ。上手いだろう?」 「そうだな」 「音楽は好きか?」 「踊ってくれ、なんて言われない限りはね」 ふっ、とアクセルはとうとう声に出して笑った。 降り注ぐ陽の光、それを跳ね返す噴水の飛沫、明るくて懐かしい感じの音楽、すべてがこの場にはとても合っている。向き合って笑っている二人も、傍目には和やかでいいムードだろう。 だが二人の視線には、二人にしか判らない剣呑な光があった。 アクセルが先に切り込んだ。 「おまえはどこから来た」 水都はそれを弾き返した。 「ここはどこだ?」 まだ手はつながっている。アクセルは握る手に力を込めたが、水都は声を上げなかった。骨が折れる直前に彼は手を離した。 「ここは、ダーク・サン。ダーカスと呼ぶ奴もいる、小さな国だ。俺はこの国を支配する五人の総統の一人の息子で、父が引退した暁には総統になることが決まっている。おまえを、妻とするために連れて来た」 妻? いつでも冷静な表情を崩さずにいられる水都も、この一言にはさすがに驚いた。 ダーカスなどという国名は聞いたこともないが、それ以上に、いずれは国を治めることになる若君が、どこの誰かも判らない女を、妻とするために森の中で拾うとは。 一体、どういうところなんだ、ここは。 「おまえはどこから来たんだ?」 「芳真をどうするんだ?」 言葉が重なった。 彼より先に水都は口を開いた。 「芳真に会わせて欲しい」 アクセルの手が、水都の細い首に伸びる。滑らかな喉を手のひらで覆って、彼は低い声で訊いた。 「あいつはおまえの男か」 「違う」 喉から胸へと手が滑って、コートの上からは目立たないが、確かにある女の証拠を確認する。水都は動かない。 「……いいだろう。あの男は地下牢に入れた。案内させよう。ここで待て」 アクセルは大股で中庭を横切り、城内へ入ろうとする。ふと立ち止まり、彼女を振り返った。 「おまえの名前をまだ聞いてなかったな」 風が吹いて前髪を揺らし、水都は目を細めた。アクセルには笑ったように見えたかもしれない。 「水の都で水都だ」 「おまえには似合いだ。……すぐに人を来させる」 アクセルが城内に消えると、水都はホッと一つ溜め息をついた。知らず、緊張していたようだった。 (3)へ続く
by new-chao
| 2005-04-23 15:20
| 小説-黄金のドア(2)
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